連載:和風能力系バトルもので、歴史上の人物が出てきて、ヒロインが褐色貧乳美少女の小説は最強に決まっている 第2話「鬼と蟲」

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決めつけ検証WEBマガジン「ドクダンヘンケングン」編集長の春眠亭あくびです。

自分と同じ性癖の人にだけ向けて書いた小説です。誰かに刺されば嬉しいです。

なお、この小説は全20話予定で、毎週水曜更新予定です。ぜひtwitterをフォローして、リアタイで楽しんでください。

それでは第2話、どうぞ。

※初めての方は1話からどうぞ↓


村へ戻る途中、コウタは投げ飛ばしたおじさんのところに向かう。
おじさんはすでにいなかった。
付近に服や肉片がないことから、鬼に食われたわけではなさそうだった。

「ねぇー、一緒に行こうよー。そういう流れだったじゃん」

後ろからすがるような声が聞こえる。
男装の女性で和歌の使い手、紀貫之だった。

「ほら、こっちの猫ちゃんだって一緒に行きたいってよー。ね? マクラ?」

コウタの動きがピタリと止まる。

「そうだ。約束がまだでしたよね?」
「約束?」
「とぼけないでください!」

コウタが急に大きな声をだし、貫之はビクッと後ろに身構える。

「マ、マクラちゃんを、抱っこして、スリスリして、クンカクンカして、ペロペロできるって言ったじゃないですか!」
「ペロペロが増えている」
「早く! 早くマクラちゃんを!」
「まあいいけど、本人の意思は尊重してね」

コウタはマクラに向かって、ちっちっちっと下を鳴らす。
マクラは警戒してか、貫之の側を離れようとしない。
足下でずっとおびえている。
コウタは意を決し、貫之の側に近寄る。
警戒して肩の上に上るマクラ。
コウタはさらに貫之に近づく。

「おいおい、大丈夫かい? 気分が悪くなるんじゃ?」
「はい。ゲロ吐きそうですが、マクラちゃんを触るためなら我慢できます」
「私はゲロ吐かれると我慢出来ないんだが」
「おぇ、うわー、毛並みキレー、真っ黒、うぇ、ヒゲ透明だ、目とか真っ黄色だ、触らせてもらお、うっわサラサラで気持ちいい、おうぇぇぇぇ、」
「気持ちいいのか気持ち悪いのか」

コウタは顔をしかめながらマクラをなでなでする。
明らかに不安定な状況にマクラも混乱したのか、爪でコウタの手を引っ掻く。

「うわっ、ひっかかれた! ありがとうございます!」
「なんで感謝するの?」
「いや引っ掻いていただいたので」
「きもいね。それはそうと一緒に旅しようよ」
「いやです」
「なんで?」
「いやだからです」
「マクラも一緒だよ?」
「う、それは、嬉しいですけど、でも嫌です」
「なんでー」

そんなやりとりをしながらコウタの村にたどり着く。
山里の小さな集落。
周囲の草花は全てむしり取られ、土は枯れ、固くなっている。
村の住人はほとんどが家の中におり、外に出ていた数人もコウタの姿を見るや、一目散で家に入る。
そして小窓からコウタと貫之をジッと観察する。
目線を落としながら、紀貫之が小声で話す。

「コウタくんはここに住んで何年だい?」
「3年近くですかね」
「そうか。そんなになるのに、この排他的な状態は異常だね」
「そうですかね。まあこれでも前よりはいい方です。今お世話になっている宿屋の旦那が村長もやってるから、嫌がらせとかはない分楽ですね」
「そうかもしれないが」
「それに、俺の髪が伸びると鬼が近づいている訳ですから。そのうち錯覚で俺自身も恐れの対象になっちゃったんでしょう」
「……」

ふたりはそのまま、コウタが世話になっている宿屋にたどり着く。
例のおじさんがいた。
生きていた。
コウタの顔が緩む。

「おじさん、生きてたんですね!」
「コウタくん! そっちこそ、生きてたんじゃな! よかった!」
「おじさん怪我はないですか?」
「おお、そうじゃった。あいたたた。君に投げ飛ばされてあばらを2〜3本、いや4〜5本、いやいやこの感じだと30本くらい折れてるじゃなろうな。いたたた」
「おじさん、あばら骨の数、人より多いんですね」
「まあ助けてもらったのは本当に感謝しておるんじゃが。娘の嫁入り道具を買うためには手ぶらで帰るわけにはいかんでな。こうして難癖をつけてゴネているところじゃ」
「正直すぎますよ、おじさん」

おじさんの言葉に続ける形で、宿屋の店主が話す。

「そうなんだよ。コウタはあくまで案内人。獲物がとれるかどうかは運次第。そういう契約だっていってるんだが、聞かなくてな」
「だって、それだと困るんじゃもん」
「ほら、この調子。じゃもんじゃもんで話し合いが出来ないんだ」
「旦那様、申し訳ございません」
「まったくお前はいつもやっかいな客を連れてくる。して、後ろにいるのは新しいお客様かい」
「いえ、お客ではありません。なんか付いてきてるだけの人です」
「おや珍しい。じゃあ友達かい?」
「旦那様、俺は人間嫌いですよ。人間の友達は作らないし、作りませんよ。でも、こ、この、マクラちゃんっていう、お猫さまは別です。友達というか、その、それ以上というか、その、こ、恋人になりたいなーって思ってるんだ! でへへ」
「コウタくん、君は本当にキモいな」

紀貫之は自分に湧き上がった感情を素直に吐き出す。
そして、場を改めるかのよう咳払いをすると、店主に体を向ける。

「店主、私は朝廷からの使者で、紀貫之と申す者。鬼を倒し、そこから現れる『和歌』を集める旅をしている。この旅にはコウタくんの力が必要となる。コウタくんを引き受けたい。もちろん身請け金はお支払いする」
「いや、俺は行きませんよ」
「コウタくん、なんでだい? 君の力が必要なんだ。それにこれは、現人神たる帝からの勅命なんだ。こんなに誉れなことはないだろう」
「誉れだろうが何だろうが、俺は行かないです」
「なんで!?」
「なんでも!」

コウタと貫之がまた問答を始める。
宿屋の主人が貫之に助け船を出す。

「これはこれは貫之様。このようなところに朝廷の使者様にご足労いただくなど、本来あってはならないこと。コウタ、朝廷の方について行けるなんて、一生に一度あるかないかの大変名誉なことだ。さっさと付いて行きなさい。うちもお前みたいな疫病神がいなくなってせいせいする」
「旦那様、でも俺は行かないんです」
「少年、それよりもわしは君にあばらを53本折られて嫁入り前に娘になんにも買ってあげられないんじゃが」
「コウタ、いい機会だ。朝廷のお姉様について行きなさい」
「少年、わしはあばら100本はいってるかもしれんのう?」
「俺はいかないです、とにかく」
「コウタ、聞き分けが悪いな。そこの朝廷のお姉様についていけば、こんな山里よりもいい生活が送れる。私もお前のような忌子が居なくなれば、ご近所付き合いも大分やりやすくなる。双方得するんだ。ついて行きなさい」
「旦那様、ですが」
「少年、こうなったらあばら200本じゃ。どうじゃ?」
「うるさーーーーーーい!」

紀貫之が叫ぶ。
会話が止まる。

「一つ一ついきましょう。まず最も大事なこと。店主」
「は、はい」
「私は男です」
「「「いや女でしょ」」」
「さ、三人全員ツッコミ! いいや! 男なんです! 男ってことでお願いします。わかりましたか?」
「あ、ああ、はい、そういうことにします」
「よろしい。それからじゃもんおじさん」
「はい?」
「あんたはちょいちょいうっとうしい。要約すると、娘が嫁入り前で金がほしいが鬼に襲われて何も収穫がなかったからごねている、そういうこと?」
「そういうこと」
「だったら私が代わりに獲物を取ってきてあげましょう。店主、コウタくんを案内役で借ります。案内賃、これで足りますか?」

貫之はじゃらっと金を机の上に出す。

「え、いやこれから身請けくださるのにこんなたくさんいただけません」
「いや、まだコウタくんは身請けをまだ受け入れていないからね。でも本来の案内役だったら、ちゃんと仕事してくれるんだろう?」

貫之はコウタの顔をのぞき込む。
憎たらしい顔をしている。八重歯が口元からキラリと光る。

「まあ、仕事なら、案内します」
「ありがとう。コウタくん、ということで君が私とともに旅をするかどうかは一旦保留。このおじさんのために山で獲物を狩るので、『案内役』として一旦私に同行してください」
「はい」
「よかった。じゃあ旅の道中でまたいろいろ教えてください。ではコウタくん行きましょう。マクラ、行きますよ?」
紀貫之はパパッと仕切ると、コウタを連れて宿を出る。
貫之は山道を歩きながらコウタに話しかける。
「いやー、しかしあのじゃもんおじさん、かなりウザかったね」
「……」
「さて、コウタくん。これからじゃもんおじさんの為に狩りをするわけだが、『ついでに』この山里に出没するであろう鬼を片っ端から退治しようと思う。あくまで『ついでに』だけどね」
「……」
「ということで、この辺で出没する鬼の特徴と場所を教えてくれ」
「……あなたにはお見通しなんですね」
「なんのことだい?」
「俺が旅に行きたがらない理由」
「いや、そんなのわからないよ。言っただろう? ついでだと」
貫之はそういいながら、肩に乗っていうマクラの首をなでる。
ごろごろという気持ちよさそうな声を鳴らす。
「ついででわざわざ鬼なんて倒しませんよ」
「そんなことはない。私の目的は、美しくもしなやかな和歌をひとつでも多く集めること。鬼はむしろこちらから探しだして会いにいきたいくらいだ」
「そんな変な人います?」
「変じゃないよ。私みたいに鬼を退治しているやつは結構いるんだ。和歌はそれほどに価値あるものだからね」
「そんなもんですかね」
「今にわかるよ」

*

コウタたちは西の山に入る。
北の山にはイノシシ型。
西の山にはヘビ型。
コウタが見聞きした限りでは、この2体の鬼が潜んでいるらしい。
北の山のイノシシ型は倒したので後1体。
残すは西の山だけだ。

「その2体に共通する特徴はあるのかい?」

山道を登りながら、貫之が尋ねる。

「そうですね、固い『うろこ』を持ってるのと、あと足がたくさん生えています」
「2体とも?」
「はい」
「なるほど。おそらく同一の『蟲』に刺されたんだろう。うろこと多足という特徴を考えると、ムカデの蟲だろう」
「あの、俺あんまり鬼とか蟲とかに詳しくなくて」
「なるほど」

紀貫之は「ふむ」と唸り、人差し指を立てて話し始める。

「じゃあまず、基本的なところから。蟲に刺されたり噛まれたり、とにかく蟲の毒にやられた生き物は鬼になる。ここはいいかな?」
「はい」
「コウタくんは蟲を見たことがあるかい?」
「いえ、ないです」
「見た目は普通の虫なんだよ。ムカデとかカエルとかヘビとかさ。でもね。見ればわかる。明らかに『ヤバい』んだ」
「どう、ヤバいんですか?」
「なんて言うのかな。呪術的というか、人工的というか、見た目は自然界のものだけど、明らかに自然には存在し得ないもの、という感じなんだ」

貫之は眉間にしわをよせ、かみしめながら話す。

「見つけたら、絶対に距離を取ること。刺されたり噛まれたら終わりだからね。そして、刀や長刀などの長モノで一気に切断する」
「もし刺されたり噛まれたりしたら?」
「そうしたら諦めて、いさぎよく自決するしかないね」

事もなげに言う貫之に対し、コウタは思わずドキッとする。
この人にとって、死は日常なんだろう。
なんて過酷なのか。
そして、そうした自然の摂理に全うしているこの人を、心のどこかで「あいつ」と重ねている自分に気づく。

チハヤ。

コウタの唯一の友人。そして、自分が人間嫌いになった原因。
見た目は、全く似ていない。
チハヤの方が、小さくてかわいかった。
そうだ。自分は人間嫌いだ。
貫之だって例外じゃない。
コウタは自分に言い聞かせるように、話を戻す。

「じゃあ蟲に刺されたり噛まれたりすると、必ず鬼になるんですか?」
「いや、そうではないんだ。語弊があるかもしれないが、蟲の毒で急激に進化している感じかな」
「進化、ですか」
「そうだ」
「鬼になるとどうなりますか?」
「それはもうひどいよ。特殊な力を持ち、凶暴化する。そして食欲にしか興味を示さない。ただただ食らう。食らいつくす。我々にできることは、鬼に襲われないように植物を排除し、餌のない焼け野原を作るしかないんだ」
「それで、飢饉が起きているんですね」
「そう。食べ物が高額でやりとりされる。だから例の「じゃもんおじさん」みたいに、危険を冒して山で食料を手に入れようとする輩がでてくるってわけさ」
「ふむふむ、なるほど」
「まったく、困った世の中になったものだ。ね? マクラ?」
貫之の肩に乗った猫のマクラが、ふわーっとあくびをする。
「か、かわいいですね、マクラちゃん」
「え、顔がきもい」
「だ、だって、興奮してきた。俺、動物とか生き物が大好きなんです」
「……君の好きは、ちょっと性的な部分が入ってない?」
「はい。というかむしろそっちが大部分です」
「うわ、きも」

貫之の言葉を感じ取ったのか、マクラもキシャーと警戒態勢を取る。

「そういえばマクラちゃん、なにやら変身してたような。というかそうだ。あの『和歌』ってやつですよ。あれはいったいなんなんですか」
「そうだな。さっき鬼を『蟲の毒による進化』と言ったんだが、ある意味和歌も、同じような理屈だと私は思っている。鬼の血による強制的な進化なのだと」
「進化、ですか」
コウタはそう言いながら、自分の髪の毛がざわざわと伸びるのを感じる。
「そうだ。ちょうどお出ましになったからここからは実践形式で教えよう。いくよ、マクラ」

貫之の視線の先をコウタも追う。
そこにはヘビ型の鬼がいた。
先般コウタが戦ったイノシシ型の鬼に比べると、明らかに小さい。
イノシシ型が家だとしたら、ヘビ型はかまどくらいだろうか。
貫之は紙煙草を口にくわえ、火をつける。
そして、案の定けほけほとむせる。

「さてコウタくん。これが和歌だ」

貫之は胸元から短冊を取り出す。
そこには血の文字で和歌がかかれている。

「短冊に書かれた鬼の血文字。この中には不思議な力が宿っている。これを使う時は、こうする」

貫之はまず、紙煙草を取り出し、火打ち石で火をつける。
げほげほとむせながら、煙草をふかす。
それから自身の腕に短冊の角をざくっと刺す。
すると血の文字の一部が刺さった箇所まで伸びる。
そしてそこから血の文字が貫之の体内に入っていく。
それと呼応するかのように、血の文字は薄くなっていく。
貫之の血管が浮き出て、ドクンという音が聞こえてくる。
そして、血の文字が先ほどよりも少し薄くなったところで貫之は腕から短冊を離した。
冷や汗を流し、顔が青ざめている。

「あの、貫之さん、大丈夫ですか?」
「いや、かなりしんどいな。私は和歌の耐性をあまり持ち合わせてない。そのため、ほんの少し和歌を注入しただけでこの有様だ。和歌に意識を持って行かれないように、銀杏の葉を包んだ紙煙草を吸って、なんとかという感じだ」
「なるほど、かっこつけている訳ではないんですね」
「なぁ! ち、ちがうよー! だって体に悪いもん」

褐色の頬が赤く染まる。
格好つけているのがばれると、貫之は極端に照れる。

「さて、私自身は和歌の力に耐えられない。そこで、マクラの出番だ」

貫之は腰の短刀を取り出し、自身の指をすこしだけ切る。
にじみ出た血をマクラに向け、それに呼応するかのようにマクラはペロリと血を舐めた。
瞬間、マクラから光が発せられ、全身の毛は空に向かって伸び、爪と牙は鋭く生え替わり、目つきは狩人のそれになった。

「こうやって、私の中の和歌の力を、マクラにも受け持ってもらうんだ。そうすることで私は負担が軽くなるし、マクラとは無意識下でつながることが出来る。だからこんなことも可能だ」

貫之はヘビ型の鬼の右に回りこむ。
それに気づいた鬼は貫之にかみつこうと体を伸ばす。
と、瞬間鬼は前のめりに崩れ落ちる。
左に回りこんでいたマクラが矢となってヘビ型鬼を攻撃したのだ。
だがさほど攻撃力は無かったようで、すぐに鬼は体勢を整える。
と同時に、貫之は左腕から真っ赤な弓を作り出す。
マクラは流れるようにその弓に収まると、先ほどよりも高速に射出される。
鬼は貫かれ、頭と胴体に分かれた。

「す、すごい」
「えへへ、すごいでしょ! ではなくて、そのまあ、こんなのは当たり前にできる。ただ和歌の力が薄れるから、威力や効力が落ちるのがたまに傷なんだ」
「いやいや、十分では?」
「十分なものか。鬼の強さを舐めちゃいけない。こいつなんかは雑魚だ。ご覧」

そう言うと貫之は懐から短冊を取り出し、ヘビ型鬼に刺す。
血が短冊に上っていくが、その大部分が文字として成らず、判読不能だ。

「蟲の毒にやられた生き物のうち、ちゃんとした鬼となるのは実は少ない。ほとんどは毒に耐えられず死ぬか、このように中途半端な鬼にしかなれない。鬼の数がそこまで多くないのはこれが理由だ」

ぐちゃぐちゃの和歌をコウタに見せながら貫之は続ける。

「コウタくん、鬼に対抗するには、より強い和歌の力がいるんだ。だが私やマクラでは限界がある」

貫之は、マクラをなでながら話す。

「マクラも君と同じ特異体質、つまり進化に耐えやすい体質なんだ。でもコウタくん、君の特異体質は、進化に耐えやすいなんてものじゃない。危機を察知し髪の毛を伸ばすなんて、進化そのものと言える」

貫之はマクラからコウタに視線を移す。

「普段から進化に慣れたものなら、少量の注入でも最大限に和歌の力を使うことが出来る。しかも私と連携することができるから、戦術面でも有利になる」
「…」
「蟲も鬼も根絶したい。だから君の力が必要なんだ。帝の勅命だ、謝礼も約束できる。だから一緒にきてくれないか」

コウタは目線を合わせずスタスタと歩いていた。
そして、立ち止まり、貫之の方を振り返る。

「貫之さん、ちょっと休んで行きませんか?」

*

「うわー! なんだいこの夢のような場所は!?」

貫之は顔をぱあっと明るくして嬉しそうに話す。
湧き水を中心とした開けた場所で、うっそうとした高い木々に囲まれたこの山においては極めて珍しい。
大小様々な大きさの木の実がなり、それが目当てのリスや鳥の姿も見える。
貫之は大きな岩に腰を下ろす。
コウタはその辺の大きな葉をちぎると、適当に実を取って葉に乗せ、貫之に渡す。

「どうぞ。木の実です。水はそこの川の水を手ですくって飲んでください」
「ありがとう! こんなに豊かで美しい場所は久しく見ていないな。しかも周りはシダの木で囲まれているから、鬼も寄りつかないじゃないか! ははっ最高だ!」
「シダは、俺たちが後から植えたんです。この場所を見つけて気に入ったから」
「俺『たち』とは?」
「……まあ、友達ですよ。俺にもひとりだけ、友人がいました。死んじゃいましたけど」
「そうか。それは、つらかったね。でも意外だな。あれだけ『人間嫌い』と言っている君に友人がいたなんて。…それは人間かい?」
「人間ですよ。れっきとした。俺と同じく『忌子』でした」
コウタは木の実をひとつ放り込んで、タネをペッとだす。
「あいつは俺なんかよりずっと頭がいいし、ものを知っていました。人当たりもよくて、あいつのおかげで村の人とも少しずつ打ち解けていきました」
「…」
「でも、ある時案内役で山に入って、鬼に殺されました。依頼人のじじいは本当に嫌なやつで、謝罪の言葉より先に言い訳がでてきました。腹が立ってぶん殴ってやりました。そしたら、村の人は俺から距離を置くようになりました。俺はますます人間が嫌いになりました。代わりに動物や自然が好きなりました。以上、俺の話は終わり」

コウタは一気にまくし立てた。
それを聞いて、貫之は目尻を下げ、ありがとうと一言。
お礼を言われる筋合いはないと、コウタは目線を下げた。
鳥の鳴き声が山に響く。
サラサラと小川の音が心地よい。

「あの」
「ん?」
「その、せっかくなんで、その、そっちのことも教えてもらいたいなと」
「え! うそ! 嬉しい! じゃなくて、人間嫌いの君に興味を持ってもらえとは誇らしいな。そうだな。どこから話そうか」

貫之はマクラを膝の上に乗せ、ニコニコしながら背中をなでる。

「名前は紀貫之。官位は従五位。はっきり言って和歌の腕前だけでここまで上り詰めた。歳は十八。この歳で従五位は自分で言うのもなんだが大したものなんだぞ? そして初の勅撰和歌集、『古今和歌集』を選者に選ばれた。あ、勅撰というのは、天皇が直接指揮したという意味だ。これは大変名誉なことでな、私を含めたったの4人しかしないんだ。だが私は名誉というだけで終わりにしたくない。せっかくこのような機会を帝からいただいたのだ。私は必ず、古今和歌集を最高の和歌集に仕立て上げる。その大きな決意を持っている。まあ私は和歌の腕前はそこそこだと思っているが、それよりなにより和歌が好きでね。人のあらゆる心の動きをタネにして、実に様々な言の葉を紡ぐことができる。それこそその可能性は無限大で、たったひとつの心の動きが言の葉次第でいかようにも見せることができることこそが和歌の神髄であると考えていて、だからこそ広い視点と深い考察が必要になってくるわけで、だから…」

演説を続けようとした貫之を、コウタの無言が遮る。
何も言わず、じっと貫之を見つめる。

「えっと、これじゃなかったか。となると、あれか? 私は男なのか問題のことか? …ふむ、たしかにこれから一緒に旅をするというのに、隠しているのは良くないね。仕方ない。誰にも内緒だし、誰にもばれていないと思うが、私は…………女なのだ!」
「……」
「いや、これには訳があってね。朝廷はご存じのとおり完全な男社会だ。女で出世することはまず不可能。いや、ひとり女で出世しているやつがいるが、あれは例外、単なる狂人であって、普通は男であることが出世の最低条件。そして私は大好きな和歌で飯を食べていきたい、そのためには出世する必要があったんだ。だから私は仕方なく男装し、女であることを隠して生きることを決意したのだ」
「…違う」
「へ?」
「和歌が好きとか最高の和歌集にするとか、あんたのことはどうでもいい! 興味がない! 俺が聞きたいのは、マクラちゃんのことですよ!」

ビシッとコウタが指を指した先には、ペロペロと湧き水を飲むマクラがいた。

「あ、なるほど、そっちか。はは、これは面目ない、というか、大分はずかしいぞ? さっきのひとりしゃべりは忘れてくれ。どうにも私はそういうところがあるらしくてね。以前あった歌会でも司会の方から自己紹介を振られて、それはもう延々と」
「だからあなたの話はどうでもいい!」
「すまないすまない。まず、マクラは君と同じ特異体質を持っているというのは話したよね。で、マクラも君と同じく、まあその、猫どうしで仲間はずれになっていたんだ」
「なるほど。それをあなたが助けたと」
「まあそれもあるけど、一番は『共感』したんだよ」
「共感?」
「ああ」

貫之はマクラを呼び寄せ、膝元に座らせる。マクラは喉を鳴らす。

「マクラはね、仲間はずれにされてなお、その猫たちを守るため、鬼と闘っていたんだ。まあ鬼と言ってもさっき見たようなクズ鬼だ。大して強くない。それでも猫にとっては驚異そのものだ。マクラは爪と牙を進化させてね。傷だらけで自分よりも何倍も大きい相手に立ち向かっていたんだ」
「たしかに、それはかっこいいな」
「かっこいい。かっこいいか。そうだな。かっこいい」
「……何?」
「いや、君もマクラと同じことをしていたんだよ? わかってる?」

貫之が口元の八重歯を見せながらニカッとわらう。
短く切った髪が風になびく。

「いや、違う! 俺はただ金を稼ぐために案内役という仕事を全うしただけで」
「いいって。分かってるよコウタくん。君も村の人を助けたいんだろう? でも鬼に襲われるかもしれない。だから自分が守ってやらないと。そう考えているから、私と旅に出たくないんだろう?」
「……やっぱり気づいてた」
「何が?」
「……違いますよ。俺はこの土地が気に入ってるから、旅に出たくないだけです」
「あっはっは! まあいいさ。そういうことにしておこう。私はこれからじゃもんおじさんのために狩りをする。ついでに村の付近の蟲と鬼をすべて退治する。その後改めて、旅の同行について答えを聞かせてほしい」
「……」
「コウタくん、いじわるしてすまない。でもね、これだけはわかってほしい。何もわたしは、君の特異体質だけで同行してほしいと言っているわけではないんだ。君のそのやさしい心。そこに惹かれたから、来てほしいんだ。これは本当だよ?」

貫之が顔を少し斜めにしながら、上目遣いでコウタをのぞき込む。
三白眼の大きな目に引き込まれそうになり、慌てて目線をそらす。
瞬間、コウタはその目線を南の方向にやる。
同じくしてマクラも南の方角に臨戦体勢を取る。
コウタは髪を伸ばし、マクラは爪と牙を鋭くする。

「どうしたんだい?」
「鬼です」
「む、来たか。では行くとしよう」

貫之は腰を上げると、コウタが指し示す方角へ走り出す。
程なくして、鬼を見つける。
いや、鬼と言うにはあまりに異形。
カラス、だったものの肉がブクブクと泡立ち、大きさと形状を刻一刻と変化させていた。

「ふむ、これは鬼へ進化している途中だな。私も初めて見る」
「途中?」
「そうだ。先ほど蟲に刺されたばかりということだ。ということはつまり」

貫之は額に手を当ててあたりを見渡す。
そして、一匹のムカデを見つける。

「あいつだ。あれがこの一帯を牛耳る蟲だろう」
「え、あんなちょっと大きいだけのムカデが?」
「そうだ。でもよくご覧?」

促されてコウタはムカデを見る。
禍々しい何かか立ち込めている。
あの小さな体全てが、強大な力で出来ているような、近寄りがたい感覚がする。
体が本能的に危険信号を鳴らす。
貫之が場を仕切る。

「その鬼になりかけは一旦放置。最優先は蟲。取り逃がすと見つけるのがやっかいだ」

貫之は懐から短冊をいくつか取り出すと、その中から一句を選び出す。

「玉かづら はふ木あまたに なりぬれば 絶えぬ心の うれしげもなし」

和歌を詠むやいなや、自分の左腕に短冊の角を刺す。
文字を形成する血が貫之の腕に吸い込まれていく。
少しだけ注入すると短冊を離し、続けて短刀で親指の先端を少し切る。

「マクラ!」

呼ぶやいなや、猫のマクラは貫之の体を伝って腕まで上り、そのまま親指の切り口を舐める。
瞬間、マクラの体が光る。
そして、マクラの体から植物のツタがめきめきと伸びてくる。
ムカデは何かを察知し、一目散にこの場を離れようとする。

「逃がさん!」

貫之は地面に指を突っ込むと、何やら念じる。
瞬間、離れた場所のツルやツタが動き出し、ムカデを攻撃する。
ムカデはそれに驚いたのか進路を変えようとする。
とそこにマクラから生えたツタが一気に伸び、ムカデを捕らえる。

「よくやったマクラ! そのままだ!」

貫之はそう言うと腰からも脇差を取り出すと、走って近寄り、そのままムカデを一刀両断にする。
残った頭部を何度も刺し、念入りに殺す。
ぐしゃぐしゃにしたところでようやく貫之は一息を付く。
同時にマクラの変身が解けて、その場でぐったりと横たわる。
貫之もマクラも、汗だくだ。

「お手柄だマクラ。これでこの付近一帯に巣くう蟲は退治した」
「……貫之さん」
「なんだい? コウタくん」
「こいつはいいの?」

コウタが指さした先には、先ほどカラスだったものがいた。
順調に大きくなり、泡だった肉は定着していた。
布団4枚分になろうかという大きな体。
羽は明らかに固そうで、親であるムカデの特徴を受け継いでいるようだった。
カラス型の鬼はその巨大な翼をバサバサと羽ばたかせる。
強烈な突風がコウタ達を襲い、体勢を崩す。

「まずいぞコウタくん、このまま逃げる気だ」
「え、じゃあまたマクラちゃんの力で倒さないと」
「いや、それは無理なんだ」
「なんで!?」
「特異体質を持つ者は、進化しやすい。通常和歌による進化を何度も行うと、それが定着してしまい、最後には鬼になってしまう。だから、変身からしばらく間を置かないと、次の変身ができない」
「ぐ……」
「そのままにしたらどうだい?」
「は? あんた何言ってるんですか」
「いいじゃないか。君は人間嫌いだ。村の人間がどうなろうと知ったことではない。そうだろう?」
「……」
「君が本当に人間嫌いなら、あのカラス型の鬼を無視すればいい。でも村の人を助けたいのであれば、変身して一緒に倒そう」
「くっ、きたない!」
「何とでも言えばいい。私は君とどうしても旅がしたいんだ。どんな手段を使ってもね」

コウタは歯ぎしりをしながら貫之を睨む。
貫之は平然とした顔でコウタを見つめ返す。
コウタはため息をひとつつくと、貫之をまっすぐ見る。

「わかりました。旅に同行します。その代わり、勅撰和歌集? とかいうのに俺は全く興味がありません。俺は俺の目的のため、あやたについて行きます」
「!! そうか! してその目的とは?」
「それはあとで! とにかくまずは血をください!」
「ああ、そうだったね」

貫之は懐から短冊を取り出す。

「梓弓  ひけば本末  我が方に  よるこそまされ  恋の心は」

先だってイノシシ型の鬼を倒した和歌。
貫之は慣れた手つきで短冊に血を注入すると、短刀で左手の人差し指に切り口を付ける。

「さあ、ゲロを吐きながら舐めたまえ!」
「もうちょっと言い方あるだろ!」

コウタは毒づきながら、貫之の手を取り、血を舐める。
ゲロを吐く。
ぱあっと光が広がる。
ゲロがちらばる。
コウタの髪は逆立ち、爪は鋭くとがる。
そして貫之はの左腕からは巨大な赤い弓が生える。

「で、先ほどの君の目的とは?」
「こんなときにまだ言いますか」
「大事なことなんだ。早く知りたい」

コウタは話しながらも貫之の弓の弦に体を収める。

「……死んだ友達との約束なんですゲロォ」
「きたなっ! 友達っえ、さっき話してくれた同じ特異体質の人だね」
「そうですオロォ。あいつはいつもキラキラしてて、俺に夢を語ってくれたんです。いつか金を貯めて、この村をシダの葉で囲む。そうして俺たちがいなくても大丈夫なったら、ある場所を探そうって」
「ある場所?」
「ええ。あるのかないのか。たぶん無いんだろう。けどそいつはあるって信じてました。四季折々の木々や草花が生い茂り、あらゆる果実がなり、古今東西の動物たちが暮らすと言われている、夢みたいな場所なんですオロオロォ」
「なんだいそれは! 最高だな!」

コウタと貫之はゲロをまき散らしながら話しつつもカラス型の鬼を空に見つけ、照準を定める。

「そうなんです。最高の場所で一生遊んで暮らす。それが俺の旅の目的です。いや、俺たちの夢なんです」
「いいよいいよコウタくん! 欲望に忠実であるべきだ! 君は最高の場所を探すため。私は最高の勅撰和歌集を作るため。お互いがお互いを利用しよう」
「ははっ、その方が確かに気楽でいいですね。オゲェ」
「してコウタくん、その場所の名前はなんて言うんだい?」
「その場所は」

コウタはぐっと弦に体重を預ける。

「桃源郷っていうんだ! 俺は、俺のために桃源郷を探し出す! 鬼退治はそのついでだ!」

瞬間、ドンという衝撃波が山に響く。
と同時に、空高く舞う大型のカラスが墜落した。
腹に大きな穴を開けて。
コウタは矢の形状のまま落下し、地面に突き刺さる。
毎度のことだが、頭から刺さっているのに全く痛くない。
和歌の力のすさまじさを痛感する。
貫之とは離れているが、以心伝心で何をしようとしているか伝わる。
血を共有することで変身することの効果らしい。
コウタは貫之と合流すべく、落ちた鬼の元へ向かう。

「やあコウタくん、おつかれさま」

貫之は白紙の短冊を鬼に刺しながらコウタを労う。
血が短冊に上っていき、文字を形成していく。
そしてできあがった和歌を、貫之は嬉しそうに詠み上げる。

「我が園の  梅のほつえに  うぐひすの  音に鳴きぬべき  恋もするかな」
「それが新しい和歌ですか?」
「ああ。ウグイスを捕まえて洗脳することで、伝書をすることが出来るようだ。情報伝達系だね」
「なんで能力がわかるんです?」
「ああ。和歌を詠むとね。自然と能力が頭に入ってくるんだ」
「へえ。俺も詠んでみようかな」
「!! ぜひぜひ! 詠んでみてくれ! これはウグイスの泣くような声と自分の失恋とを重ね合わせた歌でね。枝にとまったウグイスの何気ない声にすら、悲恋を思い出してしまうと言う繊細な歌なんだ。特にこの『梅のほつえにうぐひすの』ってところが仮名文字を続けていることで柔らかさを表現していてね、そのあとの『音に鳴きぬべき』をより一層際立たせているんだ。さらにね」
「ああ分かった分かった。もう詠まない」
「ええー、詠んでよー」

頬をぷくっと膨らませる貫之に思わずコウタは笑ってしまう。
つられて貫之も八重歯を見えて笑顔になる。

「さてコウタくん、例のじゃもんおじさんのために獲物や木の実をいくつか取って帰るとしよう。それから、我々の旅を始めようじゃないか」
「ああ。俺は桃源郷を見つけるため。あなたは最高の和歌集を作るため」
「ああ、それでいい。むしろそれがいい」
「取り急ぎ、何をすれば?」
「とにかく強い鬼の情報を集めること。強い鬼には強い和歌が宿るからね。できれば、言語を話すことができる鬼だな」
「話す鬼。鬼にそんな知能かあるとは思えないが。まあ何にせよ、鬼をぶっ倒しまくればいいんですね?」
「……まあ、鬼だけならまだ楽な方なんだが」
「どういうこと?」
「そのうち説明するよ」

貫之は後ろを一瞥する。
森の奥で何かが動き、葉がカサカサと揺れた。

続く

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この記事を書いた人

・アラフォー世代向け決めつけ考察WEBマガジン「ドクダンヘンケングン」編集長
・IT企業の中間管理職
・ふたりの小学男児の父
・ギャル好き

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